人生迷子のアラサー雑記

1991年三重生まれ、渋谷区で0歳児子育て中。ど素人の目線からブックレビュー、お金、ダイエット、子育てなどを記していく予定

【ななみよみメモ】いのちの食べ方 森達也

食卓にあがるお肉は、どのような過程を経て一切れの肉になっているのか。

テレビディレクター、映画監督である著者が、日本の肉食の歴史や人間の弱さや愚かさに触れながら、いのちの大切さを考るきっかけをくれる本。

 

この本では、メディアなどの世間の情報をそのまま受け取るのではなく、自分で考えることの重要性も説いている。

「人から聞いたり読んだりするよりも、自分の目で見る方が絶対いい。なぜなら、誰かが体験した事実は、誰かに伝えられる時点で事実じゃない。その誰かの目と耳を通した情報だ。興味の持ち方は人それぞれだ。そして興味の持ち方が違えば視点が変わり、視点が変われば情報も変わる」

中学生向けの本らしいが、あらゆる世代の人におすすめ。

 

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・ 動物の肉を食べることは、日本では長く忌み嫌われることとされてきた。この背景には、日本人独特の「不浄」という感覚がある。大陸から伝道した仏教は「動物をむやみに殺してはいけない」と説く。さらに、仏教が日本古来の「自然界のすべてには神様が宿っている」とするアニミズム的宗教観と結びつき独自の発展を遂げた神道から生じた概念だ。どうして牛や豚がいきなり切り分けられた肉になってしまうのか、その「あいだ」が僕らの意識から消えてしまうのか。その大きな理由として、「不浄感」は切っても切り離せない関係にある。

 

・ 中世の日本では動物の肉を食べる習慣が一般に定着しなかった。ところが戦国時代になると、牛や馬の解体は、鎧などの武具を作るための皮革が必要となったため重要な産業になった。 ただし幕府による肉食の禁制は何度も出された。 有名なのは5代将軍徳川綱吉の「生類憐れみの令」である。 とはいえ、禁制のほとんどは動物はダメでも食肉は禁じなかった。 (この時代の名残として、ウサギは「一匹、二匹」ではなく「一羽、二羽」という風に鶏と同じように数える(=食肉扱いする)。また、イノシシ肉は「牡丹」、馬は「桜肉(さくら)」、鹿は「紅葉」などと呼ばれることも多い。当時の庶民は禁制をくぐりながらこっそりと肉食を続けていた。 この頃に、死んだ牛や馬の肉を処理をしていた人たちは多くの地域で「カワタ」などと呼ばれていた 。彼らは死んだ動物お肉は「穢れ」であるとの考えから穢れた人たちとされ差別されたのだ。

 

・メディアでは魚市場はしょっちゅう番組に取り上げられるのに食肉市場を全く取り上げられない。 理由の一つは、牛や豚を殺す映像なんて画面には映せないという主張があること。もうひとつの理由は、と場で働く人たちには被差別部落に生まれた人達が多く、メディアで映すこと自体が差別を助長する可能性があるという主張である 。

・私たちはいうメディアの意図するがままに、肉がどのように食卓に上るのかを意識しないようになっている。 メディアは私たちをだましていると感じるかもしれないが、全てがメディアの責任ではない。 ここで映画監督の伊丹万作という人が「戦争責任者の問題」というエッセイで書いている言葉を引用する。

「騙すものだけでは戦争が起こらない。騙すものと騙されるものとが揃わなければ戦争は起こらないということは戦争の責任も両者にあると考えるほかない。 そして騙された者の罪は、ただ単に騙されたという事実そのものの中にあるのではなく、騙されるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己をゆだねるようになってしまっていた、国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである」

 

・戦前から品川にある芝浦屠場に勤めていたある男性は、戦後間もない頃、初めて大きな山羊を殺した時のことを今でも覚えている。 その時の話をする彼の目には涙が浮かんでいたという。僕らが肉を食べるためには誰かが殺さなくてはならない。彼らは僕らの代わりに殺すのだ。穢れとか被差別部落とかそんな理由を言い訳にして、僕らはと場から目を背け続けてきた。その結果彼らも仕事を隠さなくてはならなくなったのだ。

 

・目立たない普通の子供だった僕がなぜ大人になってから目立つようになってしまったのか。僕は相変わらず普通のままだ。ならば、皆が普通じゃなくなったということだ。

「 みんな忙しかったり焦ったりしているうちに、いつのまにか普通じゃなくなってしまう。 そして走り出す。 もし君が置いてけぼりになったような気がしても、走る理由がわからないうちは走る必要なんてない。走る人は周囲の景色がわからない。足元に跳ねるバッタや、葉っぱの裏にいるカタツムリに気づかない。夜明け前の空が透明なブルーであることや、秋が深まって息が白くなる瞬間や、じっと空を見上げていれば都会でもたくさんの星が見えることなど忘れてしまう。ゆっくり歩こう。いろいろ悩みながら。いろいろ考えながら。いろいろ眺めたり発見したりため息をついたりしながら。どうせゴールなんて、そんなに変わらない。」

 

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